2017年5月11日木曜日

安倍首相が憲法改正を目指すことでドル円は次のレンジへ

 安倍晋三首相は3日、憲法改正を求める集会に自由民主党総裁としてビデオメッセージを寄せ、憲法改正は自民党の立党以来の党是であるとしたうえで、国会議員は憲法改正の発議案を国民に提示するための具体的な議論を始めなければならず、その時期にきていると発言。憲法9条の1項と2項を残しつつ、自衛隊を明文で書き込むという考え方は国民的な議論に値するとし、2020年を新しい憲法が施行される年にしたいと強く願っていると述べた。

 憲法改正に関する賛否は各種世論調査において概ね拮抗しており、憲法9条の変更は大きな争点となっている。そうしたなか、2020年という期限を設け、争点となる憲法9条を名指しして憲法改正の必要性を訴えたのは、安倍首相が自らの手で憲法を改正することに非常に強い意欲を持っているためと考えられる。

 安倍首相の意欲の強さを感じたのか、一部海外メディアは、同首相が今後、景気支援よりも憲法改正に注力する可能性を指摘したが、そうした見方は杞憂に終わるだろう。日本景気の安定がなければ、憲法改正の作業を進めることが難しく、安倍政権は景気への配慮を続けざるを得ない。

 安倍政権の支持率は、高水準で推移しているが、その背景には景気の安定がある。憲法改正に関する議論が進むなか、日本景気が軟調に転じてしまえば、憲法改正よりも景気対策に注力すべきとの声が政権内外から強まりやすくなるのは容易に想像できる。

 18日発表予定の1-3月期の実質国内総生産(GDP)は前期比年率で1%台後半と5四半期連続でプラス成長が見込まれるなど、日本景気は安定感を増している。ただ足元の景気拡大は、海外経済の持ち直しや政府の経済対策によるところが大きく、民間内需は低迷したままだ。所得の伸び悩みを背景に個人消費には大きな期待を持つことができず、設備投資の拡大も緩やかなものにとどまるだろう。海外景気の好調がいつまでも続くとは限らず、経済対策の効果も次第に剥落する。時間とともに日本景気が失速するリスクは高まる。

 このため海外経済の状況次第ではあるが、安倍政権は早ければ今年秋には今年度補正予算による景気対策を検討するだろう。また政権内では、2019年10月に予定されている消費税率の10%への引き上げを再び延期することも視野に入ると予想される。2020年に新しい憲法の施行を目指すのであれば、19年後半に国会で憲法改正が発議され、20年前半に国民投票を実施するのがギリギリのスケジュール。しかし19年10月に消費税率が引き上げられ、景気が悪化してしまうと、憲法改正の発議が景気対策を優先しろとの声でかき消される可能性が出てくる。2020年の基礎的財政収支の黒字化達成が時間とともに難しくなる中、目標達成に向けて消費税率を引き上げ、結果として景気が悪化するリスクを高めるくらいなら、基礎的財政収支の黒字化達成時期を先送りするとともに、消費税率の引き上げをさらに先送りしたほうが政治的には合理的なように思える。

 日銀による金融政策についても同様で、憲法改正の実現目標時期とされた2020年まで日銀が金融緩和策の終了(出口戦略)に向かうとは考えにくい。日本銀行の黒田東彦総裁は10日、衆院財務金融委員会での質問に対し、出口戦略の(公表を)慎重に検討していきたいと回答した。同総裁はこれまで出口戦略について「時期尚早」とだけ述べてきただけに、この発言に注目する見方もあるようだが、後に議論内容が公表されてしまう金融政策決定会合で出口戦略が議論されることはないだろう。以前ほどではないにせよ、円は依然として割安な水準にあり、出口戦略が議論されたことが明らかになれば、為替市場は円買いで反応するのが自然だ。黒田総裁が認めるように2%物価目標が依然として遠いなか、自ら円高を招き、景気悪化リスクを高める選択肢は日銀のなかにはない。

 5月の米連邦公開市場委員会(FOMC)声明では、経済見通しや段階的な利上げを正当化する方針に変更がなく、追加利上げを続ける意向が示唆された。また米連邦準備理事会(FRB)地区連銀総裁の多くが、バランスシートの縮小について議論を深める意向を示すなど、米国の金融引き締めは当面、続くとみられる。そうしたなか、安倍政権が憲法改正の実現を目指し、景気刺激姿勢を強めるのであれば、ドル円は上昇基調が続くとみるのが自然だ。

 ドル円は4月17日に108円ちょうど近辺の安値を付けてからは上昇基調で推移。5月9日には114円ちょうどを上抜けた。当面は3月高値の115円台半ばがレジスタンスとして意識されるだろうが、安倍政権による憲法改正の推進と景気配慮の継続が、ドル円を115から118円の新しいレンジにシフトさせるだろう。